2010/05/12

モーリス・ユトリロ

 損保ジャパン東郷青児美術館で、モーリス・ユトリロ展−パリを愛した孤独な画家−が開催中です。90を越える作品はすべて日本初公開のものばかりということで、珍しいケースです。

IMGP4675.jpg

 モーリス・ユトリロというと、「エコール・ド・パリ」の画家という以外、これと言った知識がありませんでしたが、この展覧会で初めてユトリロの”超”波瀾万丈の一生を知りました。「ユトリロ」という姓は、認知したスペイン人の父親のものです。この父親にユトリロは生涯会う事が無かったそうです。

 一方、母親はあのルノワールの絵のモデルにもなったほどの美女。家にいない母親に代わり、幼いユトリロを育てたのは祖母だったようです。中学入学の頃から飲酒癖がつき中退、母が結婚した実業家の父のコネで仕事を始めるものの、すぐに投げだし職を転々としてしまいます。そして10代でアルコール中毒になり入院となってしまったのです。

 退院後、医師から絵を描く事を勧められます。これが、画家モーリス・ユトリロの誕生です。ただ、”中学中退でアル中”ですから、この後もアルコールとは縁が切れなかったようで、度々の入退院をしていたようです。

 そうした中、母親がまたまた結婚します。今度の相手はユトリロが絵を描き始めた頃からの友人で、しかも2歳年下でした。これもかなり衝撃的ですね。アル中やむなしとは言えないまでも、同情してしまいます。

 ユトリロ自身は50歳を過ぎて、ベルギーの銀行家の未亡人と結婚します。さあ、これで幸せな結婚生活、とはいかなかったようで。

 仮にも銀行家の未亡人、財産管理がお手のものです。アル中で人気のある画家は、打ち出の小槌のようなものです。監禁状態にして、アルコールと引き替えに絵を描かせていました。ただ飲ませ過ぎると絵が描けませんから、ワインを水で薄める事までしていたそうです。外出できないユトリロの描いた各地の風景は、写真等を写したもでした。

 ユトリロの一生を知って、改めて作品を鑑賞してみると、特に晩年の作品に物足りなさを感じてしまいます。それが自身の目で見ていなかった風景画家の限界であり、その限界が作品に現れてしまうほど、素晴らしい腕をもっていたと言えるかも知れません。